教材作り

ti19352007-06-18

教材作り

このところ診察などで忙しい日が続きましたが、今日はゆっくりできました。ボランティアもなくて夕方からの家庭教師だけでした。たまにこういうゆっくりした日があるとありがたいです。教材作りしてコリーたくさんとっていました。自前の教材がいちばんなんです。算数といえば昔毎日新聞に連載された遠山啓先生の水道方式に興味もち、おかげで算数好きの子が増えてくれました。全国数学教育研究会(全数協)の全国大会にも参加して多くの実践まなびました。あとは自分なりに消化して子供に合った教材作ることです。生成方にもこういうゆとりが出来ればもっと子供の学力もつき。非行も減ってくるでしょう。落ちこぼれた子(落ちこぼされた子)は中学校に行くと自分の存在感示すために非行に走ること多いのです。しっかりした学力つけてあげられればこういう事態防ぐこともできるのです。

硫黄島(いおうとう)の呼び方
前はいおうとうと読んでいたのにいつの間にか硫黄じまになっていました。どうしてなんだろうと思っていたらアメリカから来た名が広まって硫黄じまになってしまったのだそうです。やっと正式にいおうとうという名に戻りました。旧島民の人たちは喜んでいました。
硫黄島といえば最近の映画でも注目されましたが、太平洋戦争の末期1945年2月から3月の玉砕の日まで激戦が続き米軍の戦死者の数も非常に多かった戦場です。オリンピックの馬術で優勝した西大佐も戦死しています。この島が落ちてからは、直接アメリカの戦闘機が首都圏に飛来して銃撃されるようになったのです。自分も銃撃されましたが銃弾がそれて助かった思いがあります。隣の父島で生まれているだけにもう少し父の転勤が遅かったら危なかったのです。太平洋戦争始まる前の年に東京に来て難を逃れました。人の運命不思議なものです。

アジサイさまざまパート2