早稲田実業悲願の初優勝

ti19352006-08-21

素晴らしかった決勝戦
再試合も手に汗握る好試合で早実がタイムリーで着々と加点して4−1から苫小牧も9回2ランで4−3と追い上げ、さすが苫小牧と言わせる粘りをみせ最後までわからない試合になりました。早実のエース斉藤の力投なにしろ7試合も投げぬいたことその精神力に感服しました。4試合連投でも最後まで球速衰えず146キロを投げていました。早実も予選の決勝で日大三高に逆転勝ちしてから一戦、一戦力をつけてきたようです。これが甲子園の不思議なことなんです。駒大苫小牧もよくまとまったいいチームでした。3連覇はなりませんでしたが、最後まで勝負を諦めないあの粘りは素晴らしいことです。両軍に大きな拍手を送りたいです。
最後に監督、後藤キャプテン、斉藤投手の談話もよかったです。応援してくれたすべての人に感謝したい、これは大切な言葉です。斉藤投手の肩が心配です。あれだけ投げたんですから、これからしっかりケアしてほしいです。病床の王さんにもなによりのビッグなプレゼントだったことでしょう。東京西地区の代表が優勝できてうれしいです。

戦地に散った甲子園球児

太平洋戦争で甲子園で活躍した多くの選手が戦地に散ったこと忘れてはいけません。石丸選手は海軍少尉として特攻出撃の前に最後のキャッチボールをして機上の人となり帰らぬ人になりました。吉原選手は熊本工業で川上投手とバッテリーをくみ最高の捕手といわれました。巨人軍に入団して活躍しましたが、召集され戦地あの悲惨な戦いのあったビルマインパール作戦に従軍戦死しました。最後の便りに沢村栄治投手やスタルヒン投手など仲間に思いをいだいていました。その沢村投手も戦地に趣く途中に撃沈され南の海に沈んでいます。昭和11年優勝した岐阜商もレギュラー5人がビルマ,沖縄,中国,特攻で戦死しています。きょうのテレビ朝日の報道は感銘を受けました。戦争さえなかったら多くの人が戦死しないですんだんです。青春を国のために命をささげて散華した多くの人に心から哀悼の言葉をおくりたいです。

残暑厳しい一日
例年この時期になると日中は暑くても朝夕は涼しくなることが多くなるのに、この頃は季節の歩みが遅くなったような気がします。9月になっても残暑が厳しいことが多いのです。
悲しいことに夏休みも 終わりに近いというのに水の事故などで事故死する子どもが多いことです。親も安全管理には充分気をつけてほしいです。
プールからは予想通り子どもの歓声聞こえてきました。こうなると二学期はもう近いのです。宿題など気になるころですね。子どもの頃はいつも間際にあわててやっていました。人のことは言えないですね。