教育問題

ti19352006-06-21

梅雨空戻る
予報は外れて、雨が午前中残る。またまた梅雨空になってしまった。この時期は止むを得ないといいながらも日照不足が心配だ。平年の半分以下という。

課外授業で不明の児童無事保護
栃木県で課外授業でミツモチ山に登山中行方不明になっていた6年男児は無事保護された。ほっとした事件だった。こういことはよく起こりがちなこと列の先頭、中、しんがりと教員を配置して万全を期すべきだった。途中で点検をまめにしていれば防げた事故だ。これを教訓にして今後このような事故がおきないようにしてほしい。この後がたいへんだろうな。保護者会で学校はつるし上げをくうだろう。これは覚悟しなければならない。まずは無事で万々歳だ。

水泳指導始まる
19日の月曜日から始まったところが多い。早く泳ぐより長く浮いていられるような指導が望ましい。水泳は子どもにとっても大好きな授業だ。安全には充分気をつけてほしい。前に排水口にひきこまれて亡くなった子もいる。一瞬たりとも気がぬけないのが水泳指導なのだ。
卒業までに最低クロール25メートル,平泳ぎ25メートルは泳げるようになってほしい。上達の早い子は何千メートルと泳げるようになる。
最近は着衣入水といって、服を着たまま泳がせる学校の増えてきた。いかに泳ぎにくくなるかを体験させるためだ。プール清掃の前に実施しているところが大部分だ。ペットボトルや買い物袋など手軽に入るものを使って水に浮いていられることも体験させている学校も多い。今の子は幸せだなあ。昔はプールがなくて、川などで泳いだものだ。東京では1967年美濃部革新都政になって体育館やプールが作られたのだ。あれから40年近く経ってしまったんだなあ。あの頃は学校もまだよき時代だった。

定年を待たず退職する教師

クローズアップ現代でとりあげていたが今定年前でやめていく教員が多い。それも40代50代のベテラン教師たちだ。このブログでも再三にわたりとりあげてきたが、今の教育現場は締め付けも強まり、息がつまる思いだ。生徒指導などで疲れきり、会議に追われ、自分自身を見失っていくのだ。親からの厳しい要求にもこたえていかなければならず、心身ともに疲れ果ててしまうのだ。今の教育が競争の原理で成果主義になっているのも問題なのだ。子どもの悩みをじっくり聞いてあげられる余裕もない。これでは荒れてくるのも道理だ。君が代問題に血道をあげるより現場にゆとりを取り戻すほうがよっぽど大切なことではないのか。悩みをみんなで聞いてあげて励ましあい、支えあう、こういうことができないような仕組みを作っているのが現状なのだ。これからも教師受難な時代が続きそうだ。おまけに政府自民党は教員の給料が高いから引き下げるという。国家百年の計は教育にありというのにこれは逆行することではないのか。