スクールボランティアについて

ti19352006-04-23



朝からどんより曇り空、いまにも泣き出しそうな空模様だった。ほとんど雨は降らずにすんだ。


小学5年からの英語必修化について

東京新聞の22日付けの社説でこの問題について述べている。ここでは、日本語の語彙力を伸ばす小学校段階で全国一率に実施する案に異論も多い。いうまでもなく国際化に伴い英語の必要性は言を待たない。
人間は言葉でものを考える。語彙を超えた思考はできないし、理論は打ち立てられない。何でも九州できる能力のある小学校段階では日本語の能力を高めることが優先されるべきである。週5日制、総合学習を堅持する考えだ。その中で英語の時間をひねり出すとなると国語など主要教科の時間を減らさざるをえない。そこまでして小学校から英語を必修化する必要があるのか、それより入試に傾斜しがちな中学、高校段階の英語教育を是正するほうが先ではないか。英語の履修は各小学校の判断に任すべきである。と述べている。
今の学校の現状を考えてみると前に述べたようにかなり難しい。現場の先生は頭を抱えているというのが本音なのだ。石原知事も言っていたようにまずは国語の力つけるべきである。

スクールボランティアについて

明日からいよいよ本格的にスクールボランティアの活動が始まる。今度は1年生の面倒みてほしいといわれたが、これはまいったなあ。なにせ1年生は大の苦手。現役でも1回も担任したことがない。専ら5年、6年を担任していたのであまりありがたくはない。断ることもできるが、困っている先生も助けてあげたいし、いろいろな人との出会いもある。ただ保父さんみたいなものだし、どこまで役に立つか心配だなあ。こういう大変な子の指導をボランティアに頼るというのは問題ではないのか。できるだけ経費を浮かせたいというここに行政の貧困さがあらわれている。本来正規の教員を増員すべき門題だ。自分としては子どもから元気をもらえるし、大変なら大変なほど役にたつことができるという自負もある。心の揺れ動く微妙な心境なのだ。とにかく明日は様子みてこよう。できる範囲で無理のないように前向きに考えよう。
思い出すのは数年前豊島区の学校で1年のADHDの子の指導と若い担任の指導を兼ねて一日7時間、時給3000円、他に手当てつきで元校長の友人の紹介で頼まれたことがあった。月に40万以上の収入が見込まれたが、とても体力が続かないと断ったことがあった。無理のないように自分の時間も確保できるようにしてやれるものならやってあげたい

葉牡丹の花
葉牡丹冬越しして花も咲き充分楽しませてくれました。